樅ノ木は残った|山本周五郎

樅ノ木は残った|山本周五郎 生きる意味を学べる本
樅ノ木は残った|山本周五郎

著者 山本周五郎
著者のプロフィール
本名:清水 三十六(しみず さとむ)
質店の徒弟、雑誌記者などを経て文壇に登場。
山梨県生れ。横浜市の西前小学校卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店に徒弟として住み込む。1926年「須磨寺附近」が「文藝春秋」に掲載され、文壇出世作となった。『日本婦道記』が1943年上期の直木賞に推されたが、受賞を固辞。以後、「柳橋物語」「寝ぼけ署長」「栄花物語」「樅ノ木は残った」「赤ひげ診療譚」「五瓣の椿」「青べか物語」「虚空遍歴」「季節のない街」「さぶ」「ながい坂」と死の直前まで途切れなく傑作を発表し続け、庶民の立場から武士の苦衷や市井人の哀感を描いた時代小説、歴史小説など大衆小説で知られています。特に晩年多くの傑作を書いて高く評価された。

山本周五郎 
画像:産経ニュース

書籍の概要

東京大空襲によって焼け野原と化した東京を舞台に、家族を失った少女・喜美子を中心に展開される物語です。この物語は焼け跡から生き残った樅ノ木を見つけ、それを母親代わりとして育てることに決めた喜美子が、周りの人々とともに、破壊された街で生き抜くために懸命に努力し、やがて立ち直っていく様子が描かれてる。喜美子は樅ノ木を通じて自分自身や周りの人々と向き合い、成長していく姿勢が描かれており、人間の強さや成長の重要性を伝えるメッセージが込められている。また、物語を通じて、日本の戦後復興期における人々の困難な状況や、互いに支え合い、助け合いながら生き抜いていく力強さが描かれている。この「樅ノ木は残った」は、戦後の混乱期を描いた作品として高く評価され、山本周五郎の代表作の一つとして知られている。

この書籍の伝えたい事

「樅ノ木は残った」は、戦後の混乱期において人々が生き抜くために必要な強さや、互いに支え合うことの大切さを描いた作品だ。主人公の喜美子は、家族を失い、焼け野原と化した東京で孤独に生きていきますが、樅ノ木を通じて、自分自身や周りの人々と向き合い、成長していく姿勢が描かれています。彼女は、助け合いや支え合いが必要な時に、周りの人々が互いに力を合わせて生き抜いていく姿を目の当たりにする。

物語を通じて山本周五郎者は人間の強さや成長の大切さ、そして互いに支え合うことの重要性を強く伝えています。また、戦後の混乱期において、人々が助け合い、支え合って生き抜いていく姿勢が、その後の日本の発展を支えたことを示唆している。

この「樅ノ木は残った」は、日本の戦後文学を代表する作品の一つとして、多くの人々に愛されている。読者は主人公の喜美子が経験するさまざまな試練や成長を通じて、自分自身や周りの人々と向き合う姿勢や、互いに支え合うことの大切さを学ぶことができるでしょう。

「樅ノ木は残った」の作品の背景

「樅ノ木は残った」は1945年3月10日の東京大空襲を背景とした、戦後復興期の日本を描いた作品です。東京大空襲は、第二次世界大戦中において、米軍による東京への空襲の一つであり、市街地に大規模な焼夷弾が投下され、東京市民の多数が死傷した惨事でした。
この空襲は、東京の市街地を大きく破壊し、多くの人々が家族や友人を失う悲劇をもたらした。この書籍では、空襲後の東京の焼け野原の中で生き残る主人公の喜美子を通じて、戦後の混乱期の人々が抱えた苦難や悲しみ、そして希望を描いている

。物語は、焼け跡から生き残った樅ノ木を母親代わりとして育てることに決めた喜美子が、周りの人々とともに、破壊された街で生き抜くために懸命に努力する姿を通じて、人間の強さや成長の大切さを示唆している。

「樅ノ木は残った」は、東京大空襲を背景にした作品であり、空襲の影響が物語に反映されています。作品は、戦争の悲惨さや、人々が戦後に立ち向かうために必要な強さや希望を描いており、多くの読者から高く評価されている。

投稿者プロフィール

岡下 俊介
岡下 俊介セブンシーズネット代表
関西大学工学部卒業
京都の株式会社日本LCAで経営コンサルタントを経験
株式会社IVPを経て自らIT企業(有限会社セブンシーズネット)を立ち上げ起業するが、その後脳出血で会社は廃業同時に半身不随の障害者となり、
約10年間、障害者雇用で職を転々とする。
10年後の2022年3月に銀座コーチングスクール認定コーチに合格
2022年4月からコーチングビジネス活動スタート、
現在、プロコーチとしてエグゼクティブコーチングからパーソナルコーチングまで幅広い分野でコーチとして活躍中
コーチの紹介ページ
銀座コーチングスクール認定コーチ
フリーランス(個人事業主岡下俊介)としてのホームページ
セブンシーズネット岡下俊介
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